Komatsu Nine

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KOMATSU NINE MEETING】vol.6「時代と共に変わるものとリデザインされるもの、それぞれの時代へのバトンの渡し方で。」梶太郎 梶あい子

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「KOMATSU NINE MEETING」は、地域で暮らす/働くゲストと、聞き手との対話を通して、小松の日常にある“続いていくもの・変わっていくこと”を考えていく対談企画です

第5回目のゲストは梶太郎(かじたろう)さんと梶あい子さん(かじあいこ)さん。

<梶太郎さん>
小松市生まれ。高校卒業後、(株)なだ万へ入社。東京なだ万(帝国ホテル店)で修行。
平成21年、梶助に入社。
令和元年より、(株)梶助の代表取締役社長に就任。

<梶あい子さん>
熊本県生まれ。静岡の専門学校を卒業後、20歳の時に東京で(株)なだ万へ就職。
なだ万にて勤務。首相や海外の要人などへ料理提供を経験。
現在、梶助の女将として務める。

<聞き手:小林太一>
山梨県生まれ。大学を卒業後、都市銀行や農業ベンチャー企業に勤務。
2022年、小松市が公募した特定任期付き幹部職員に採用され、小松市観光交流課で勤務。
2025年6月より、(株)こまつ賑わいセンターの代表取締役社長に就任。

目次
1、器・空間・料理が調和する「梶助」の魅力
2、小松に住んだからこそ感じる『ようこそ』が重なる想い
3、「自分たちが良い一時代を築いていけたら」女将のつながり-地域のつながり
4、小松のうつくしい景色と歴史

1、器・空間・料理が調和する「梶助」の魅力

あい子「はじめましては金沢だよね。」

小林「そうですね。百万石祭りで、僕は生まれて初めて『女将』という存在に出会い…その時は本当にめちゃめちゃ緊張してました(笑)」

小林「それからの付き合いで色んな変遷がありましたけれど、改めてお二人と小松の話をできたらと思っております。まず、梶助というのはどんなお店なんでしょうか。」

太郎「日本料理のお店ですね。地元の石川県の食材を中心に、美味しいものを食べていただけるように頑張ってます。私で三代目になるのですが、創業から言うともう60年は超えています。」

小林「半世紀以上ということで…建物も、これはもともと小松の町屋でしょうか。」

太郎「はい、いわゆる町屋を改装したっていう形になりますね。」

小林「一つの町屋を変えたっていう感じですか?」

太郎「最終的には4軒の民家を全部繋げて。」

あい子「5年前にリニューアル改装させていただいたんですけど、その時に登記を綺麗に1つにしようと言ってたら住所が6件、7件出てきまして、この辺ってすごく民家が密集したところだったんだなというのが改めてわかりました。」

小林「なるほど…いわゆる小松でいうまちなか、曳山や100年前ほどの街並みが残ってるところにあるお店ということですが。」

あい子「気楽に来ていただけるお店です。」

小林「今日もラフな服装で来ておりますけど(笑)、本当に色んな方と来させていただく中で、出会いと気付きが多いお店やなというのは自分でも勝手に感じています。」

小林「梶助らしさというか、どんな雰囲気のお店って言ったらいいんですかね?」

太郎「純粋に石川の美味しさを食べてもらうっていうことと…」

あい子「一番の特徴は、九谷焼の、近現代の作家さんの器をたくさん楽しんでもらえるお店でありたいなっていう。」

あい子「そのきっかけを作ってくれたのが先代で。焼き物の宝石と呼ばれる作品をつくられていた人間国宝の(三代)徳田八十吉さんという方がいらっしゃるんですけど、その方との出会いが先代にとってすごく大きくて、今それがまさに三代目の私たちに色濃く受け継がせていただいてるといった感じですね。」

小林「確かに…小松に来るまでは食べるものだけが見えていたんですけど、器と空間、そこに石川の料理、これが全部重なり合った社交的な場、そこの深みに最初は緊張しました。わてみたいなもんが入っていいんかな?みたいな感じやったんですけど(笑)。今では九谷焼の先生ともここでお食事するようになりました。」

あい子「隣をみたら『あれ、九谷焼の先生が横に座って飲んでる』みたいな(笑)そんなお店ですよね、きっと。先生方もふらっといらっしゃるので。」

小林「梶助の空間で食事をすると、ひとりひとりの人柄が出てきて、すごい距離が縮む感じがして楽しいなと。」

あい子「作り手さんに出会うのってすごく大事だなと思っていて。背景が見えることで、よりそこ(器を使うこと)に想いが乗るし、工芸そのものの真髄っていうものが感じられる気がします。」

小林「確かになあ…。太郎さんは普段厨房にいる中で、同じ職人の立場でどういう感覚になるんでしょうか。」

太郎「私は、まず器を見ながらどういうふうに料理を盛っていこうかと考えますし…特に九谷焼は作家さんによって作風が全く変わってくるので、いろんな先生の器に盛らせていただくのは刺激になります。」

あい子「近現代の作家さんは、自分の作風を生み出していらっしゃいます。オーダーしたらもちろん作ってくださりますけど、私たちは先生方が自分たちの生業の中で自然に生み出された器の形だったりとか大きさだったりとかを大事にしています。そのものを受け止めて、自分たちのお店の舞台に上がってもらうみたいな感じで使わせていただいてるかなあ…。」

小林「器も料理も、人が見えるっていうところが僕も好きな部分です。」

2、小松に住んだからこそ感じる『ようこそ』が重なる想い

小林「ところで、太郎さんは昨日(3月2日)国が主催されている技能グランプリに参加されたそうですが。」

太郎「はい。厚生労働省が主催する、いわゆる職人の大会ですね。日本料理に限らずタイルを張る方ですとか、ハンコを彫る方とか。全ての職人の祭典という感じです。」

小林「面白いですね!そこに太郎さんは出場されて成績が発表されたということで…いかがだったのでしょうか。」

太郎「おかげさまで、全国2位、銀賞をいただきました。」

小林「おめでとうございます!日本料理の部門でしたよね。具体的にどんな競い方をするんですか?」

太郎「今回に関しては規定の種目が三種類あって、1品目は平目の薄造り、2品目は煮物椀、3品目は酢肴、最後の4品目は残った食材で自由に表現しなさいっていう。」

小林「すごいなあ…。小松からこういった表彰があるのは毎回嬉しいもので。」

あい子「彼の努力もなんですけど、支えてくれる従業員の方々やお客様のご理解がなかったら頑張ることもできなかったと思うので、皆さんには感謝しかないです。」 小林「そういった(技術のある)お店をこの記事で知っていただきたいなと思いながら。太郎さんは小松出身だと思うのですが、あい子さんは生まれは小松ではなかったですよね?」

あい子「九州の熊本出身です。18歳まで熊本にいて、20歳の時に東京で就職をしました。ご縁があって石川県小松市に来ることになりましたけど、小松って本当に面白いまちですよね。良い出会いをさせていただいてます。」

小林「中でも思い出に残っている出会いや印象的な思い出はありますか?」

あい子「生まれてからずっとサービス産業の世界にいる中で、いろいろなお客様との出会いはありましたが…東京では仕事柄、政治家の方や、財界関係の国賓の方をお出迎えするっていう機会がすごくありました。みなさん共通して印象的だったのは、「ありがとう」って言葉をすごく使われるなって。偉い方ほど頭を下げて、感謝の気持ちを伝えることができるんだなと感じました。」

あい子「小松に来てからは、こんなに身近に作り手さんと出会えるんだと。お話ししてみると、皆さん熱い思いを持ってらっしゃる方々なので、1つ何か扉を開いてあげると、うわーってその思いが溢れでてくるんです。
作り手さんとの出会いってすごく面白いなと思います。九谷焼から、山中漆器、輪島塗など、いろんな工芸の先生方とつながることができて。工房で実際に体験をさせてもらった際には、技術の高さを肌で感じることができました。そういった出会いによって、今自分がお店で扱わせていただいてる器への想いが変わってくるかなと思います。」

小林「確かになあ…。」

あい子「こういう特殊な方々との出会いは東京では得られないものだったなと思います。」

小林「太郎さんも小松に戻られてきた中で東京でする料理と地元でする料理で何か変化はありましたか?」

あい子「最初お造りの厚さで怒られたよね?(笑)」

太郎「『こんなペラペラなお造り』って、お客さんから怒られるんですよ。」

小林「そこの価値観がまず違うんですね。」

太郎「こっちはお魚が美味しいんで、『食べさせてなんぼでしょう』ってことを言ってくれたんでしょうけど。」

あい子「やっぱりお客様との出会いが一番大きいかも。お客様に声をかけていただくことで『地元に帰ってきた』とより感じるし、地元で自分たちがどう根付くのか、そのきっかけになっているのかなぁって。」

小林「確かになあ。」

あい子「言葉とかも面白いなあって。私は大女将から女将の仕事を引き継ぐ時に、『ようこそようこそ』って言葉を重ねてお客様をお見送りするのがすっごく不思議で。『ようこそ』ってお出迎えの時に今まで使ってた言葉なので、違和感でしかなかった。(笑)」

あい子「でも、今はここに住んだからこそ自然に『ようこそ』が重なる想いを感じます。すべての出会いはお客様を介していて、お客様から学ぶこともあります。」

小林「小松って料亭の数が人口の割にはすごくあって、日本でいうザ・料亭というよりは、小松らしさを残す小松料亭という感覚があると感じています。梶助さんは『小松』に出会うきっかけとしての食の場でもあるかなと思うので、ぜひ来ていただきたいなと思いますね。」

3、「自分たちが良い一時代を築いていけたら」女将のつながり-地域のつながり

小林「新幹線開業をきっかけに若女将の会を作ると聞いたとき、市役所の観光課で担当課長をしていた僕は、ものすごく嬉しい思いでした。その会は現在も続いてらっしゃるんですね。」

あい子「そうですね。新幹線開業時、『行政側はPRして盛り上がってるけど、受け皿になる自分たちのまちってどうなの?』と思ったんです。同じ料理屋さんでも横のつながりが全然なくって。そんな時、たまたま県外から嫁に来た女将四人で集まってご飯に行ったのが、小松女将『小珠の和』という団体を結成するきっかけでした。そのなかで皆共通して『自分たちの地域のことや業界のことを知らないのってよくないよね。』と話していて。コロナ禍でみんな苦しい思いをしているからこそ、『みんなどうしてる?』といった情報交換をするのが心の支えになっていました。」

あい子「交流のなかで改めて自分と他のお店を知って、それが小松のことを知るきっかけにもなりました。私は外から来た者なので、『これって小松だけなん!』みたいなことに、地元の女将さんが反対に気づいてくれたり。皆さんが面白がってくれてPRの一助に呼んでくださるなど、こうした交流がいろんなことに繋がりつながっていきました。」

小林「地域で生業をしている方の力強さも感じましたね。」

あい子「『女将』と書いて『じょしょう』と読みますからね!笑」

あい子「最近では、昨年の11月に石川県の『加賀料理』が日本の無形文化遺産に認定されたり、改めて、自分の出会いだけではどうしようもならなかったと思うような場面に出会うたび、地域の、女将同士のつながりのありがたさを実感しました。」

小林「そういった取り組みを見て太郎さんはどうでしたか?」

太郎「その時になって(地域のつながりのありがたさに)気づきました。業界としてのつながりはあったけど、深いところで小松市内で横のつながりがなかったので。そうしたきっかけで飲むことも増えましたし、変化のきっかけにもなったのかなと思います。」

あい子「結構みんな悩み一緒だからね。」

太郎「コロナの時期も重なったし、この業界は色々(苦労が)ありましたので。」

小林「まだまだ先が見えない状況の中で、つながるっていう決断をされたのは大きなことだと思います。そうした中で太郎さんは団体にも所属しながら地域活動に参加されてるんですね。」

太郎「そうですね。業界の仕事であったり、地域活動などもしています。」

小林「料亭の仕事をしながら、地域における面として活躍されているお二人ですが、今後どういうふうな活動をしていきたいですか?」

太郎「先ほどの加賀料理ですが、金沢のイメージもあると思うんですけど、小松で育った料理も加賀料理に入ってきますし、それを発信していきたいと思っています。例えば金沢には『かぶらずし』がありますが、小松では北海道から北前船で運ばれてきたニシンを使った『大根寿司』と呼ばれる郷土料理があって。どちらも異なる場所で生まれてそれぞれ歴史があるので、加賀料理(の無形文化遺産認定)を契機に小松の料理をPRしていきたいです。それを後身にも伝えていかなければならないので、料理を作り続けていきたいです。」

あい子「加賀料理がきっかけで金沢の女将と交流することも増えました。金沢は武家文化で、小松は商人の町。前田家を中心として栄えてきた加賀料理が、小松で商人文化に昇華されていく過程が、交流の中で少しずつ勉強になっていて。」

あい子「やっぱり横のつながりを持つことで、自分たちの地域の魅力をより確立できるんだなと思います。そう思った時に、小松は金沢ほど観光地化されていないし、なってほしくない、実は。でも、ここら辺で言えば(岐阜県の)高山の古川みたいな、知る人ぞ知る、心豊かに旅の時間を楽しむような場所にしていけたらいいなと思う。」

小林「同じアイデンティティがあるように見えるけど、それぞれの彩られ方が違う。武家でブランディングされた金沢と、商人によってブランディングされた小松、それぞれ合うところに来てもらえたらいいなと思います。新幹線も伸びて一時間圏内で北陸を移動できるようになりましたし。」

あい子「今まで小松から金沢まで電車で40分ほどかかってたのに、新幹線に乗って11分で行けるんだなって知った時、金沢駅から金沢の観光地までタクシー移動とかでも10分はかかると考えたら、『小松まで来れちゃうじゃん』と思いました。県外の方からすれば石川県に行くなら金沢に行きたいと思うけど、プラスで小松も付随してくれたら嬉しいなと思います。」

小林「そうですね。新幹線とか空港とかもありますし。」

あい子「そうそう。違うところの良さも感じて欲しいし、心のゆとりを持った旅を過ごしてもらえるように、旅の3日目とかに小松を選んでくれたらいいなと思います。それをもって、『次の旅は小松にゆっくり行こう』って選んでくれたらいいな。」

あい子「自分たちと町の人たちが小珠の和を通じて、新しい繋がりも広がってきて。それをもってみんな井の中の蛙にならないことが大事だと思う。自分たちが良い一時代を築いていけたらいいなって。(小林さんは)その最たる中心部ですよ!(笑)」

小林「いえいえ!(笑)でも、僕は一番贅沢に小松を浴びているといつも思うんです。それを僕だけが浴びるのではなく、このラジオみたいに自分でも残したりとか、小松が紡ぎ出しているものを何度も見直して次の世代に繋いでいきたいなと思います。」

あい子「次の世代が私の年代になったら人口が半分になるし、会社とかも減っていくと思うけど、その中で生き残っていかなきゃ行けない。だから結構『コミュニティ』って大事だと思う。」

小林「そうですね。未来に何を残すか、新しい融合ができて、新しい形が生まれていく、そういった流れの中でコミュニティは大切ですよね。」

あい子「時代と共に変わるものとリデザインされるもの、どっちも失っちゃいけなくて。うちは入った瞬間は日本料理のお店っていう感じだと思うけど、今取材しているお部屋とかは和モダンな感じだと思うんです。うちは60年で浅かったから、古きを守る役割ではなく、リデザインすることで新たな継承のあり方の一助を自分が担ったらいいかな、という想いです。

逆に小松の料亭の小六庵さんとか180年とか続いていて、建物とか立派で、そこは古きを残していく。それぞれの時代へのバトンの渡し方で、それぞれあっていい。でもそこは仲違いするんじゃなくて、自分の思いを強く持った上で、お互いのことを理解し合って一緒に何かをやっていけるのもすごいいいなと思う。』

小林「梶助さんの中でも料理人として20代の方が活躍されてて、実際にカウンターにも立っていてお話もできる、あの感じが僕はすごい好きで。そういった機会を作っているのが僕はすごい素敵だと思いながら。」

太郎「うちの若い子はやる気がある子で、若手の大会にも去年出場して賞をとりましたし、何も知らないところから入って半年で大会に出場して結果を残すことができていて。彼の練習した力もあるでしょうし、現在も仕事を頑張っていますね。」

小林「お二人もこれからの現役世代という中で、次の流れを意識している。小松全体でもそれを感じるんですよね。和菓子屋さんとかでももう2、30代の方が継いでいたり。そういう自由度が高い時に、次を考える動きをしている。見ていてものすごいワクワクするんですよね。映画の続編を待つような。梶助の4代はどんな感じになるんだろうみたいな。そういう続けることってすごい素敵なことだなって。」

あい子「それこそこういう出会いがなかったら、多分がむしゃらに日々仕事をして終わってたのが、こういう会話をきっかけに新しいことに気づける。今日もいろんなことに気づかせてもらいました。」

小林「いえいえ、そんな。そういえば、あい子さんが普段召してる着物は、小松のものですね。」

あい子「はい。着物を着るのもしかりですが、あえて洋装の中に石川県の伝統工芸品を取り入れていています。アクセサリーが好きということもあるんですけど、それによってお客様が石川県の伝統工芸品にちょっと興味を持ってくれるんです。自分の装いの中に一つ『罠』をしかける(笑)お客様も9割くらい罠にかかってくれて。そこから工芸品に興味を持ってくださって、実際にワークショップや個展に行ってくださるお客様もいるので、自分の『罠』も成果を出してくれいるんじゃないかなと思っています(笑)」

小林「全然見え方が変わりますもんね。」

あい子「これ(スカーフ)も小倉織物さんの白山の雲海をイメージしたものですが。」

小林「透けたところは一旦縫った系を全部取ってるとか。」

あい子「そうそう。これ(ネックレス)も九谷焼で。10cmぐらいある貝の形で、錦山窯にお嫁入りされた吉田るみこさんの作品で。落雁の型に粘土を入れて仕上げているんです。」

小林「人間国宝の吉田美統さんと話した時に、『伝統工芸は繋いでいくものだから、革新されていくものである。』と言われていて。それまでは渋いものだと思ってましたが、新しい道具も、必要であればお医者さんのメスとかハサミとかを使ったりするって聞いて、『なんだこのイノベーター達は』って思いましたね。まだまだ小松の未来がワクワクするなという感じですね。」

あいこ「変化する流れの中で、自分たちが一時代を生きているんだなって最近思いますね。」

4、小松のうつくしい景色と歴史

小林「そんなワクワクする小松の中で、お二人が案内したい場所は?」

太郎「自分がお気に入りなのは、たま〜に、快晴で空気が澄み切っている時に、白山連峰が青く見えるときがあるんですよ。わ〜綺麗やなと思いますね。」

あい子「あの壮大っていうか優美な姿が、信仰の対象になる理由がわかる。日本三大霊山の2つが北陸にあって、富山県の立山、石川県の白山はそれぞれ雄岳、雌岳に例えられるけど、それをすごく感じる。立山は威圧感、白山は包みこまれるような。」

小林「山は横に並んでるはずなのに、包まれるみたいな感覚になりますよね。」

太郎「それと対局になりますが、夕日が綺麗に見える日没は、夕日がイクラみたいに見える(笑)」

小林「夕日がイクラって素敵な表現ですね(笑)日本海の夕日が沈む感じはオレンジ色に空が広がりますもんね。あい子さんはどうですか?」

あい子「私はみよっさ。曳山を見ればこの町が何で栄えたのか一目でわかる。町内ごとに曳山があって8機残ってるじゃないですか。もちろん技術もそうだし、歴史もそこから読み取れるし、全てが濃縮されてる。この前も叔父が熊本からきて、曳山を見に行った時にすごい感動してくれた。小松というところは、(有名な)重機のコマツさんだけでなく、こういった背景がある上で今の産業も生まれてきたんだと知れる。しかも無料で入れるしね!ガイドさんも素晴らしくて、みんなそれぞれ違う話を聞けるから面白い。だからまず、小松のスタートとしてみよっさを観ていただきたいです。」

小林「(お旅まつりは)260年以上続く祭りですしね。」

あい子「昔の街の人たちが(町ごとに)『負けたくない』って競い合った姿がみれるじゃない、それも面白いよね。」

小林「ということで、あっという間にお時間が来てしまいました。KOMATSU NINE MEETING 最後までお付き合いいただきありがとうございました。次回のゲストもおたのしみに。今回もありがとうございました。」

KOMATSU NINE MEETINGは、Spotifyにて音声での配信も行っております。
ぜひ、そちらもご清聴ください。

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<about>
日本料理 梶助
住所:石川県小松市大和町141番地
TEL:0761-22-8314
HP  :https://www.kajisuke.co.jp/

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